【100日100話】010 どこまで落ちても退路なし

   

 走れ。走れ。この世の金魚。

 びいどろ造りのお屋敷でしか、生きられないと知ってても。

「いたか」

「いや」

「どこ行きやがった」

 息なんてとうに上がってる。

 草履はどこかで脱げてしまった。

 真っ赤な衣は破り捨てて、真白い襦袢ではしたなく。

『この道を』

 ものやわらかな、その声にただ従って。

『真っ直ぐに、駆け抜けるんだ』

 その先にあるのが解放だと、愛した人の言葉を信じた。

 震える足は血がしぶいて、点々と跡を残していく。

 追っ手にもし見つかれば――そんなことすら考えぬほど、がむしゃらに駆けるしかもうなかった。

 ……ああ、あの人の姿だ。

 垣に囲まれたわずかな隙間、ささやかな外へのつながりの前で、あの人はこちらに微笑んでいる。

「――さん!」

 何度も抱かれたその胸に、迷いなく飛び込んでいく。

「あの綺麗な着物はどうしたんだい、ちゃんと持ってくるように言っただろう」

 苦みの混ざる声に、襦袢の金魚はうなだれる。

「ごめんなさんせ。逃げきれなくて、おとりに」

「まあ、仕方ない。お前さんだけでもそれなりの値にはなる」

「――え」

 さらりと告げられた言葉に、金魚はさらに目を丸くして。

 逃れようと、身をよじろうにももう遅い。

「お前のような娼妓まがいでも買ってくださる方がいるのさ。それも吉原全ての花魁を上げられるような大枚で」

 条件はひとつ、色恋だけで逃げ出すことを決めるような、しがらみを持たない下っ端であること。

「お前さんの腕は下っ端にしちゃ上等だ。後の世とやらでもうまくやれるさ」

 どこまでもやわらかな声の落ちる中、相手の背後に真白い”穴”が広がっていく。

 怨嗟すら上げる暇もなく、金魚はその”穴”に投げ込まれた。

 人権活動及び女性の高度教育により、わずかな金銭と引き替えに性を吐くための”労働者”を失った者たちは、その頃一般公開されたばかりの時間遡行技術に目を付けた。

 古の業と教えにより鍛えられた娼妓を、高額で奉仕させようとしたのである。もちろんその金銭は雇用主へと多くが回る。

 『金魚すくい』と名付けられたその行為は、滅んだはずの病が持ち込まれたことによって社会問題となり、制裁を受け徐々に廃れていった。

今日のお題は「金魚すくい」です。
映画版「さくらん」のある場面が忘れられなくてこんな話に。