【100日100話】064 縄文人にドングリを与えないでください

   

縄文人にドングリを与えないでください

“仕事場”に立つ看板に首をかしげる。昨日はこんなもんなかったぞ。
「採集役の子が人気でねェ。新鮮な木の実を集めるのが大変だと言ったら、小さい子達が外からドングリを持ってきたのさ」
「ああ、最近落ちてますもんね」
うなずく俺は特殊メイクにカツラをかぶり、毛皮を着込んだ縄文人ルックだ。館内は冷房がきいているとはいえ、もどきでも毛皮は重くて暑い。
「それじゃ、今日も頼むよ」
「うぃっす」
教授が懇意にしているこの博物館では、毎年夏に『タイムスリップしてきた現地人』の展示をしている。縄文から江戸まで、当時の扮装をした学芸員が来場者の質問に答えていくというわけ。
といっても、博物館の学芸員なんて年がら年中忙しい。だからこういう場にはバイトの名目で、学芸員資格を持つ院生が投げ込まれることになる。
相手は幼児や小学生が中心で、どんな無茶ぶりにもわかりやすく、かつ間違いのない回答をしなくちゃならないから結構きつい。
「何食べるのー?」
「きょうだいいる?」
「お祭とかってある?」
なんてのは、何千回もきかれるが可愛い方だ。
「踊って!」
「狩りやって!」
「歌ってー!」
んなもんこっちが知りたいわ! と思いつつ、各国の洞窟画を組み合わせてそれっぽいことをするのもまだマシだ。
「その毛皮、人工繊維ですよね」
「ヅラずれてんぞー」
「縄文人にしては臭いが薄いのはなぜですか」
聞くなーーー! 中の人なんていません!!!
そんなこんなで1日8時間出ずっぱり、ぐったりする割にバイト代は安い。勉強になって金が得られるんだからいいだろ、とはバリバリ昭和価値の教授の弁だ。
「やァ、今日もお疲れ」
「どもっす……あれ?」
着替えて勤怠報告に行ったところで、職員さんのデスクに目がとまった。両手を合わせたくらいの紙箱の中、ドングリが小山を成している。
「例のアレです?」
「あァ。せっかくもらったものだから、何か小道具に使えないかと思って」
そう言ってドングリを見る目はやわらかい。きっとその向こうに木の実をめいっぱい握りしめた、小さな手達が見えているのだろう。
――一地方の博物館にしては、ここは幼い来場者が意外なほど多い。
「じゃア、明日もよろしく頼むよ」
「はい」
受け取った日給は、小銭で重く温かかった。

今日のお題は「団栗」です。
とある作家さんの後書きからヒントを得ました。