【100日100話】018 からっぽの、

   

今日のお題は「いさり火」です。
なんだかよくわからない話になっていた……

からっぽの、

真っ暗な海面に、突然『街』が現れる。遠く離れた空の上、打ち上げ衛星のキャビンからでもわかるほど眩い白の光。その正体はネオンでも不夜城でもなく、漁を始めた船団の集魚灯の群だった。
今頃上のバーでは、客たちが頬をつけ肩を寄せ合い、その『街』に見入っているのだろう。常に夜の中を飛び続けるこの衛星は、金を持つ暇人たちの格好の遊び場所だった。
自分にもまた金はあり、秀麗と言われる顔もあった。体格は年のせいでやや衰えてはいるが、それでも同世代と比べれば鍛えている方だ。
戦って、勝ち取って、信じた道を歩き続けて。ようやく幸せにできると振り向いたときには、そこに相手はいなかった。
全ての手配が終わった後で、言い出されたのはよかったのかどうかわからない。キャンセルのための雑事に追われて、ようやく終わったのはハネムーンに飛び立つはずだった前日のこと。なぜかキャンセルし忘れていた衛星ホテルに足が向いたのは、もう戻れない場所への郷愁のためだったかもしれない。
「遠いなあ……」
夜の中の海面はのっぺりと暗く、『街』ほどの光量を持つ集魚灯だけが眩い白さを放っている。
その下では人と魚の死闘が繰り広げられているというのに、その目映さは懐かしさを帯びて美しかった。潮の匂い、波の泡、行き交う車輪と長靴の音。アンドロイドが荷を降ろし、人がその目で質を読み、ロボットが氷を箱に注ぐ。時折猫が現れては、残飯やあらをさらっていく。15の時まで当たり前だった、もう戻れない光景が鮮やかに脳裏をよぎっていく。
――遠いものほど綺麗に見える、と言ったのは誰だったか。
だからこそ、この世で一番美しいのは、叶わないと思っている夢なのだと。
なれば、人の手で片づけるしかない。グラスの酒に酔うこともできず、彼女はただじっと『街』の光を見つめていた。