【100日100話】094 寄り道していく18時

   

「浮気はいけないねえ」

耳元でささやく声に、ひっと背筋が粟立った。目の前のショーウィンドウに、後ろに立った人影が映る。いつものエプロンがないから一瞬わからなかった。

「マスター、店はどうしたんですか」

「ちょっと買い出し」

安堵してたずねれば、近所のスーパーの袋を掲げて愛想良く笑う。カフェでもスーパー使うんだ、と場違いなことに感心していると、手を取られて歩き出していた。

戸惑う間にも華奢なアクセサリーの並ぶ窓が、どんどん遠くなっていく。

「指輪くらいうちでも扱ってるの、知ってるでしょ」

「ちょっと見てただけですよ」

「うちの常連のくせに、浮気者。」

「……何か怒ってます?」

拗ねてるの方が近いのかな。いい大人なのにぎゅっと手を握るのが子供みたいで、恥じらいの意識も浮かんでこない。

「――君が来ないから、事故か病気でもしたのかと」

「今週行きましたよね?」

「――……毎日来てた子が来なくなったら、不安にもなるさ」

不安?

たずねる前に、やや早口で続けられる。

「僕の食い扶持が減るからね」

「まさかのヒモ発言ですか!」

「失敬な、働いてるのはヒモじゃないよ」

呆れたように言うけれど、声が優しいから心配してたのも嘘じゃないと思う。だから私は、真相を話すことにした。

「その、そちらに寄り道してたらですね、さすがにカロリーが大変なことに」

「寄り道じゃなくて帰り道だろう」

「駅から外れてるくせに何言ってるんですか」

「ソイラテにしなよ」

「豆乳ダメです」

そう言う間にも足は動き、カフェに行き着く。隠れ家っぽい店構えは、ほどよく目立たなくて居心地がいい。

きっと今日もホットチョコ飲んじゃうんだろうなあ、と考えながら、私は連れられて店に入った。

まさかその後、お菓子の指輪を選ぶまで帰してもらえないなんて、思いもしてなかったのだ。

「24時間の過ごし方」より
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