【100日100話】075 年寄童、かく語りき

   

今日のお題は「菊」です。

年寄童、かく語りき

「変化を騒がず、厭わず、ただ淡々と受け入れ愛でる。その精神を持てなければ、長命というのは仇になるものだよ」
月のまろい光の中で、十二、三の少年がそう告げる。年齢通りの厭世ではなく、千歳を越えての達観だとわかってはいるのだが、世俗の目にはせいぜい浮き世離れした子供としか映らない。
「菊酒飲ませておいて言うようなことじゃないと思いますが」
「君には永く健脚であってほしいからね」
岩にかけ、隣で微笑む少年は、色濃い菊の香りをしている。薬水を飲むうちに、その香りまで移ってしまったのだろうか。
「不老不死とは、人の世の理を離れ、未知の理に身を浸すことだ。だがそれも、この界(よ)全てを取り込む理――終わらぬ変化からは逃れ得ない。事ある度に沸き立ち沈む、並の人ではすり切れてしまうんだ」
「つまりあなたは、並のお人でなかったから生きられた、と」
それは人より抜きんでたもの。才という、生まれながらの持ち合わせ。それによって不老不死まで定められるとは、界の理はなんと厳しいことか。
だが、年経た少年は首を振る。
「今にして思えば私の心は、とうにすり切れきっていたんだよ。不慮とはいえあの方の枕を跨ぎ、山へと流されるまでの日々の中で」
人が変化を恐れるのは、それまでを愛していたからだ。良くも悪くも、長く連れ添えば情が移る。失うものかと執着する。
逆に言えば、それを感じる心もないほどすり切れたとき、人は人の世にある理由を失う。未知の理へ、踏み込めてしまう。
「君は永く健脚でいてくれよ。人の目でこの景色を眺められる者など、そうはいないのだから」
大岩の積まれる山頂は、自分くらいしか登る者もいない。
抜けるような夜空にぽつりと浮かぶ高い月と、その下に眠る人家を眺めながら、少年は菊花の酒を呷った。