【100日100話】073 いずれ混ぜられる物語の一端

   

女はその容(かんばせ)と同じく玲瓏たる声をしていた。

「まことに佳き日和にございます」

そうした当たり前な言の葉でさえも、女が告げれば流麗な楽の音となった。
女は芸を嗜み殊に弦楽に堪能であったが、しかし日の本一の奏者でさえも、女の声の前では爪を折り、撥を投げ棄てたことだったろう。
――昨夜までならば。

「冥土の面前で猶そのような戯言を吐くか」
「わたくしが閻魔ごときの前に行くとでも」

紅に染まる木々の下、男を睨めつける女の声はざろざろと不自然に荒れている。

「そうか、お前は鬼だったな。それは御仏すらお救いになるまいよ」

無骨な男はせせら笑う。痴れ者が、という罵りの一点において、女と其れに刃を当てる武士(もののふ)は、胸中を同じくしていた。

女はまつろわぬ巫女のひとりである。まじないを用いて村民を癒し、遙かなる故郷の異神を祀り、音曲を捧げて生きてきた。
しかしその身の玲瓏ゆえに賊も鬼をも惑わすとされ、終に勅命を以て討伐の軍が動いたのである。

「鬼女の妖術が声音にあるとは気づかなんだ。お陰で余計に部下を死なせた」
「我が友も、民も、皇(すめらぎ)が動かねば誰も死なずに済みました」

町すら知らぬ鄙の民に、無教養な荒くれ者たち。しかし彼らは楽に酔い、歌に手を打つ素直さがあった。なにより皆が女を慕い、教えを請うていたというのに。

「そうして貴様等は街道を襲い、金を奪い、今帝の治世を脅かす。国の安寧は民の安寧、ならば我らは討つだけだ。毒蛇は頭を潰さねば、山からいつまでも湧き続けるのだからな」

昂然と胸を張る武士に、女ははじかれたように哄笑した。

「そちらの目当てはわたくし達の業でしょう。記紀を編み数多の神を弑した今、村々の巫(かむなぎ)を潰す理由など、そのくらいのものではありませんか」

かつて女は貴人であった。容姿端麗にして多才なる女は京(みやこ)にて、臣に降った皇のひとりに寵愛されていたのである。故に京のことどもには、村の者より頭二つ抜きん出るところがあった。
寵愛の篤さ深さはやがて妬みの種となり、女は身重のまま流罪とされてしまったが、むしろそのことによって、女はより政(まつりごと)に近づく運命となっていったのである。

遙かなる故郷、エミシに近く住まう者達は、銅よりも鉄の扱いに長けていた故に。
――そして女を拾い、村に住まわせ、後に契りを交わしたのが、かつて皇に打ち負かされた王族の末裔(すえ)だった故に。

「なれば話は早い」

武士は武骨な顔をずいと迫らせる。当てた刃に力が篭もり、女の薄皮をぷつりと割いた。
滲む血潮が珠となり、雫となって刃を伝う。

「土蜘蛛どもの在処を吐け。技持つ者さえ引っ立てれば、知るも盗むも造作ない――が、隠し立てすれば容赦はないぞっ」

男の怒声に、女はなぜか目を閉じた。

どこまでも澄んだ秋空の下、濃紅が一葉、ひらり舞う。
女はその名を同じくした、紅葉色の唇で弧を描いた。

「――ほんに佳い日和ですこと」

ざろざろとした声の刹那、鮮紅の滝が溢れ出す。
武士の刃からではない、女の口から滔々とこぼれる、夥しい量の吐血である。
その上で苦しむ様子もなく、女はゆるりと微笑した。

「これは我らの秘中の秘……生きて触れれば毒となり……死して首とならば呪詛と化しましょう……」

こぽり、血を吐きながらの女の言葉に武士はうめく。
討たれた首級は何よりの証、それを捕ることは必須と言えた。だが、帝おわす京に呪物を持ち込むなど許されはしない。
ならばと吐血を止めようにも、その赤は毒に繋がるものだ。触れれば何が起こるのか、女は何も語りはしない。

――結局、武士は刃を棄てて大きく退き、その背を向けて駆けだした。
刃を伝うその赤滴から、朽ちゆく予感がしたのである。

濃紅に染まる木々を見上げ、鬼と呼ばれた女は眩しさにそっと目を細める。
「ね、京へは行かなかったでしょう――」
せのきみ、と囁く声は、くずおれる音に紛れて消えた。

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今日のお題は「紅葉狩り」です。
能の紅葉狩を調べていたところ、その大本の話を深堀りした「邪神大神宮」様の大変な力作に出会ってしまい、こんな話を書いた次第です。
邪神大神宮呉葉門

……熱量だけで押し通したのは、反省している。