【100日100話】045 戦は常に足下で動く

   

今日のお題は「麦まき」です。
秋田の一部地方には麦巻きという菓子があるそうで、レシピを見るにクレープを卵焼きみたいに巻いたような、もちもちした感じのお菓子のようです。

戦は常に足下で動く

くるくると巻いた平たい菓子は、噛むと素朴な味がした。
「この村でも麦を育てているんですね」
「米の方が主流だけどねえ。麺も作れるし、お茶にも牛の餌にもなるから」
この地域はお茶の樹が少ないらしく、肌寒い日でも麦茶をすする。もちろん温かい状態で。
「麦をまいたら仕事も終わり。あとは縄なったり細工作ったりね」
日が短くなっていく季節は、家で過ごすことが多くなる。その間に売れそうな物を作っておくことは、どんな土地でもやることだ。
「お手伝いしますよ」
「――先生はいつまでここに居るんね」
茶を飲もうとした手が止まる。冷ますふりをして、ひとくち含んだ。
「寒さは、旅暮らしには堪えます」
「ふもとの町で過ごすくらいのお金はあるでしょう。ろくなもの出せやしないけど、ここよりは過ごしやすいはずよぅ」
子供から年寄りになりかけまで、つまりほとんどの者がふもとの町で過ごすという。年越しなどでいくつか祭があるから、その手伝いや出稼ぎも兼ねているようだ。
「……ここで、知りたいことがあって」
「何も珍しいことないのに?」
「当たり前が特別であることは、それなりにありますよ」
微笑んでみせれば、こちらを学者と信じている相手は何かを知ったようにふむふむと頷く。当座の納得は得たらしい。
「このお菓子、おいしいですね。糖蜜がよくきいている」
「年寄りの菓子だけどねえ。気に入ってもらえたならうれしいよ」
「ええ、とても」
古今東西、甘味は常に贅沢品だ。自生でもしていない限り、こんな寒村ではまず味わえない。
ならばこそこの土地を――糖蜜の樹を抱える森を手に入れれば、市場の情勢は大きく変わる。そのためにも、まずは慎重に相手と所蔵量を確かめねばならない。
学者を名乗る大店の先鋒は、そんな肚の内を隠して菓子を噛みちぎった。