【100日100話】086 全くいつも通りの10時

   

 扉を開けた瞬間漂うのは、年月を経た木の香り。夜の間に掃除をしてくれているので、純粋にさわやかな香りがするのだ。
 森の近いこの土地では、大きな一枚板のカウンターだって珍しくない。手脂で飴色にまで磨かれたそれをそっとなでて、丸太を切っただけのスツールにかける。せめてクッションがほしいな、という方がここでは贅沢なことだった。
 文箱を開け、宵の一族が置いていった用件を引き継いでいく。昼が人が、夜は彼らがこの施設を運営するのが、古くからの契約であるらしい。
 人々はここをギルドと呼ぶが、森の脅威に対する依頼対応ばかりでなく、市場や医療、図書館なども併設されている。地下には貯蔵庫のひとつがあり、籠城すらできると噂だった。
 当然そんな施設となれば、引き継ぐ用件も膨大になる。行方不明の家畜に値上がりへの苦情、霊的なアイテムの買取や売却結果、喧嘩による破壊箇所への修繕希望――しかも全部紙なのだ。書くのも大変だろうが読むのも一苦労で、掃除は夕方だけでいい、と言われているのがありがたい瞬間である。礼儀として玄関前だけは掃いているが。
 そう思う間にも、日時計の影は刻々と変わっていく。読むのに未だ慣れないこの時計だが、大事な時間の位置だけは覚えてしまった。もう近い。
 半ば読み飛ばして文箱の脇に置く。あとは業務の合間に読んでしまえばいい、その程度にこの土地では致命的トラブルは少ないのだ。
 すう、と深く呼吸する。古い木の様々な香りが入って、抜けていった。
 大丈夫、左遷だろうが何だろうが、今日も無事切り盛ってみせる。
「お待たせしました、開場です!」
 こうして、ギルドの一日が始まった。

 
 
「24時間の過ごし方」より
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