【100日100話】006 夏が終われば

   

 夏が終わっていくねえ、とこぼす声に、お前は何を言っているんだと思わずテンプレを返してしまう。

 18時過ぎ、塾講からの帰り道。とはいえ日はまだ高く、ついでにすこぶる蒸し暑い。
 
「光が弱くなってきてるもの。夕方なんて特にそう」
「そうかあ?」
「滝は鈍いからな」
 
 こんなに違うのに、と差し伸べる細い腕からは、炭と油絵の具のにおいがした。
 住良木ユチカ。名前はともかく苗字まで珍しい元クラスメートと、再会したのはこの夏休みの事だ。受験生なのだから塾にくらい行ってこい、と夏限定で親に放り込まれたのがきっかけだった。
 
「今日は何やったんだ?」
「デッサン競争と課題対策。とにかく今は時間ある限りデッサンやれって」
 
 生け垣くぐって、左に行けば学習塾、右に行けば絵画塾。夫婦でやっているその変わった塾は、安めの月謝と細かなサポートで、子供だけでなく大人も通学するほどだった。
 
「夏が終わるとあっという間に受験だから、少しでも数こなさないと」
「うげー休み終わりたくねぇー」
「終わらないと春が来ないよ」
 
 お前はいいよな、と楽しそうな横顔に言いかけて止める。特に行きたい進学先もない自分と比べて、芸大一直線で走る姿は迷いをどこかにおいていったようだ。
 
「こんなくそ暑いとむしろ秋なんて来んのか? って気になるけどな」
「もう来てるよ」
 
 ほら、と指差す白さに一瞬目が惹かれて、慌ててその先が示すものを見る。それは夕焼けに薄赤い空の中、並んで泳ぐうろこ雲だった。
 
「夏が終わるね」
 
 その言葉が酷に聞こえた理由を、俺はまだその時は気づかなかった。
 
 
 
今日のお題は「立秋」です。
暦よりも光のほうが、季節を告げるのが早いように感じます。