【100日100話】022 秋天の霹靂

   

いつもの部活動のはずだった。またご老体が妙なことして、私が後片付けをして。
「君は布と糸の色を合わせるということを知らんのかね」
「それしか余りがなかったんで」
そんな日々が繰り返されると、思っていたのに。

秋天の霹靂

古典研究会、という古めかしい名前のその部は、名前に反してほんの一、二年前にできたばかりの存在だった。
部員は七八名、うち七六名が幽霊部員。帰宅部が許されないこの学校で、それだけの数の部活嫌いを受け止めているのがこの部なのだ。
「秋の野に咲きたる花を指折り(およびおり)かき数ふれれば七種(ななくさ)の花――奈良時代の歌人、山上憶良が詠んだ花のひとつがこれなんだ。育てやすい品種だが自生のものは少なくてね、環境庁から準絶滅危惧種に指定されている」
「それがこの茎と葉っぱばらまき作戦とどう関係するんですか」
バルコニーに広げたビニールシートの上で、茎と葉だけの状態で干されているその草を眺めてため息をつく。また掃除が大変そう。
「香草(かおりぐさ)という別名があってね、少し乾かすと良い香りがするというので、平安時代はこれを入れたもので髪を洗ったり、お茶として飲んだりしたそうなんだ」
「お湯の用意はできませんよ」
やっぱりか、と私は額を押さえた。
よその同じような部活が何をしているか知らないが(そもそも存在するのかすら不明だが)このご老体、もとい顧問は古典の原文を読むよりも、その内容の実践を重視する。下手に人数が多いだけにそこそこの予算はつく上、園芸部がなくなったために裏庭の花壇は自由にし放題なのだ。そこは今や、雑草まみれにしか見えない野草の楽園と化している。
「なに、今回は手芸部が用意してくれている」
「お湯をですか」
「袋をだよ」
何を言っているんだ君は、とでも言いたげな顔で口調でそう答えられたけれど、その言葉そっくりそのままお返しします。熨斗つけて。
「邪気を払うために、生乾きの茎や葉を小さな袋に入れて、身につけていたという話もある。今回やるのはそれだよ」
「ポプリのサシェ作るんですか?!」
「……君ね、仮にも古典研究の徒なのだから匂い袋と言いなさい」
「ポプリはいいんですか」
「それはここ百年くらいのことだからねえ」
最近すぎるよ、と言いながら渡された小袋は手のひらにのる程度の大きさで、藤色の細かな花が見事に刺繍されていた。――しかもこれ糸じゃない、極細のリボンだ。
「世の中器用な人がいますね」
「君はどちらかというと不器用だからね」
「ボタン付けできない人よりましです」
生乾きの草を入れながら返す。ご老体の時代に家庭科はなかったのか。なかったんだろうな。
「春からは苦労するよ」
「また付けますよ、今度はふとん糸にしましょうか」
「いや、私は今年で退職だからね」
ぷつ、と細い茎が指に刺さる。生乾きのくせになぜか痛い。
「聞いてませんよ」
「発表は来月だからね」
「顧問は」
「引継をしないとならないねえ」
「……やたら袋があるのはそのせいですか」
「君も含めて来年は受験生が多いからね。まあ、お守り代わりだな」
桜の香りがするだろう、と差し出された葉っぱは、近くで嗅いでも桜餅の匂いしかしなかった。
「食べてはダメだよ」
「葉っぱは残す主義です」
だってあれやたら歯の間に残るじゃないですか、等々言い交わしながらふいに過ぎったのは、来年は花見弁当の支度がないんだな、ということだった。

お題「ふじばかま」

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