【100日100話】028 傲慢な神様と丸顔の巫女

   

 もみじ、という自分の名前が嫌いだった。
 秋生まれだから紅葉。ついたあだ名は饅頭。そりゃ小さい頃はころころまるまるしてたからね! ご老人たちに大絶賛でしたよ!
 それでも年頃になれば自然と痩せて――なんてことはなかった。池端紅葉16歳、巫女修行の中でもころころしてます。

「なんで?! あの子もその子も入ったばっかの時はころころしてたじゃない! なのに今じゃみんなほっそりスマート系! 何で私だけが!」

 洗濯物をどしどし踏みつけながら、私は今日も己の不運を嘆く。
 神域は電化製品と相性が悪い。だから自然と運動量が増えて、みんなヘルシーに痩せていくのだ。なのに私だけころっころ。

「そりゃ、あんたがヘンゼルだからでしょう」
「助けてよグレーテル」
「シラギ様に逆らえる訳ないでしょ」

 そもそも水の化身が燃える訳ないじゃないの、という巫女仲間の指摘は正しい。五行において水は火に勝るものだし、あのシラギ様がそうそう燃えてくださるとも思わない。

「水の神が甘味好きってのはまだわからなくもないけど、それが高じてパティシエになってると思わないじゃない」
「和菓子洋菓子なんでもござれ、最近は中東のレシピにご執心」
「あっちのお菓子、凶悪に甘いんだよ……基本的にシロップ漬けだし染み込ませるのがパイやチュロスだしチョコとなったらあらゆる手でチョコ尽くしだし」

 口に入れたときから歯がとける、なんて経験初めてだった。知りたくなかった。

「でも全部食べきるんでしょう」
「巫女長の命令だもん……」
「露置きは名誉職でしょ。がんばんなさい」

 古来から露は置くという。転じて、水神の化身であるシラギ様の世話係は”露置き”という名で呼ばれていた。ちなみに私以外みんな細い。

『おいころころ! どこだ丸露!』
「丸じゃありません!」

 とっさに言い返すのはいつものことだがやめられない。
 明確に響きわたる声はシラギ様のものだ。学校の呼び出し放送みたく、神の呼び声は宮全体に響く。学校と違うのは、駆けつけるまで延々不名誉なあだ名を連呼されることだ。

「ごめん、行かなきゃ」
「平気。手伝いありがと」

 足を拭う間にも、味が落ちるとシラギ様が騒いでいる。今にもカウントダウンが始まりそうだ。今日のはよほど自信作らしい。

「鳥の脚を渡せれば良かったのにね」
「え?」
「何でもない、いってらっしゃい」

 首を傾げる間もなくカウントダウンが始まったので、私は急いでシラギ様の厨に走った。

「遅い!」
「す、すみません」

 声だけで不機嫌さがぎゅんと伝わって、私は全身で縮みあがった。
 見上げるような長身に、うなじで束ねた濡れたような黒髪、切れ長でつり上がった銀の瞳。応身のシラギ様は相変わらず怜悧な美形で、それが怒るともんのすごく怖い。

「Baklawaを作り直した。食べろ」

 バクラバ(発音できないんだよ!)は焼き菓子の一種で、生地のすき間中全てから甘~いシロップがじゅぶじゅぶ染み出す、劇甘最高峰のひとつと有名な中東のお菓子だ。前に食べた時はあまりの甘さに、コーヒーを飲み過ぎて大変なことになった。
 とはいえ、断ることもお残しすることも許されない。おまけに結構クセになるんだよね、この甘さ。
 懲りもせずうまうま食べていると、ことりと湯気の立つマグカップが置かれた。

「シラギ様、コーヒーくらい私が」
「カフェインレスでマシなのが入ったから試すついでだ。おとなしく食べてろ」

 うん、そーいう人、じゃない神様でした。
 ありがたくお下がりをいただきつつ、シラギ様の前で飲食するのもずいぶん慣れてしまったな、とふと思う。

 もとは直会のためのお菓子を私が間違って食べた挙句、『おいしくない』と言ってしまったのがきっかけだった。まさかシラギ様が裏で直々に作ってるとは思わないじゃない。大祭の時でさえ全部用意して余らせてるんだよこの神様。
 ともかくそういう訳で私は露置きに大抜擢、シラギ様の新作試食係としてころころでい続ける運命となってしまったのだった。

 味なんて体調でいくらでも変わるのになー、なんて思い出しつつもぐもぐしていたせいか、シラギ様がこちらに手を伸ばしているのに気づかなかった。

「どうやったらこんなところにまで食べかすが付くんだ」

 呆れまじりの声とともに、シラギ様に頬をつつかれる。やめてくださいオニクが目立ちます。あと意外に指冷たいですね、先固いし地味に痛いです。
 指の腹(多分)で頬をこすられて、何かの取れた感触とともに手が離れる。思わず息がもれたのは相手が神様だからだろう。イケメンは目の保養とか言ってるレベルじゃないですもん。

「っへ、はんでほほひっはるうへふは!」
「つつくと赤くなるなら他はどうかと思ってな」
「ほふはー!」

 ついにむにむにと頬を揉みはじめた水神(超絶美形S顔)に、私は乙女の義務として右アッパーを繰り出したのだった。
 ――避けられたけどね!(泣)