5年後のための大風呂敷。

   

毛利元就が若者だった時の逸話

ある時、若き毛利元就は家来をつれて神社にお参りに行きました。

「お前は何を願った」
「はい、元就さまがこの中国(地方)を治められるほどの領主となるように、と」
「それではだめだ」
元就はきっぱりと否定したそうです。曰く、

「この日の本の天下を欲して、はじめて中国を治める程度までいくだろう。
 初めから中国を欲しているようでは、せいぜい小国の主で止まってしまう」

ゆえに天下を志ざせと、そう諭したという話があります。

私が小学生の時分に聞いたものなので、もしかしたら史実ではないのかもしれませんが、不思議と私の中に深く残っているお話なのです。

2016年1月10日までにかけた願いが、その後の5年間を決める

あくまで又聞きであるのを御免しください。

社会運勢学の村山幸徳先生という方がいらっしゃいます。
その方曰く、「1月10日までに、あなたが本当にやりたいことを大風呂敷でいいので宣言して実行に移しましょう。それがこれから5年先の未来の方向性まで位置づけます」とのこと。
これを私は年末に聞いていたわけですが、まあ知っておりつつ実行はしていなかったわけです。

だって怖いですやん。(なぜそこで関西)

本当にやりたいこと、を私は14歳の時から知っています。

それは国語の教材を埋めるときの、一瞬のひらめきでした。

誰かを救う物語を書きたい。
誰かを救える作家になりたい。
人の救いになる「本」を作りたい。

私自身は、聖人でも善人でもありません。
どう見ても不穏な話とか、明らかにグロい話とか、少ないけれど書くこともあります。
ついでに神仏にはすがりますが無宗教です。

それでも。

死にたがる人の、死ぬまでの1秒を、私の書くもので引き伸ばせたらと願います。
新作のために、明日を生き延びさせられる、そうした作り手のひとりで私はありたい。

そんな無茶で無謀なことが、私のやりたいことなのです。

怖さを明かすこと

14歳で悟ったこの願いに、大学で心身を壊してから、私は目を背けてきました。

何も書かなくても、私は生きていられました。
むしろ書かないでいる間のほうが、健康的な心身を保てていました。
そのことに、私は心からごっそりと、自分の「常識」を潰され掻き出された気分でした。

人は、書かなくても生きていけるのです。

街には他人の本があふれ、ネットには誰かのテキストが堆積し、SNSにはある日の情報がコンマ秒で生成されています。
人工知能が人では手の回らぬニュースを日々書き上げ、最近は小説めいたお話も書くそうです。
大勢に受ける物語の造りを、人工知能は知っています。
有と有を無数に組み合わせて、新たなものを作る術も持っています。
売り物としては、それで十分と考える人も出るでしょう。

人間であることのアドバンテージが消えていく、こんな過渡期に何をやってるんだと思うのですが、私の望みはやはり「物語ること」なのです。
書かずとも生きていけると、わかっていても。

誰かの壁掛け棚の下、大風呂敷を広げる。

すっかり長くなりましたが、毛利元就にならい、ここで「やりたいことの大風呂敷」と行きましょう。

  • 5年以内に100万部売る専業作家になる
  • 3年以内に新作長編小説を書く
  • 2年以内に連載Aを納得の行く形で終わらせる
  • 旧作2本をリメイクする
  • 印象派ゆかりの地をめぐりにフランスへ行く
  • クルーズ旅行をする
  • 作家として講演する
  • 知的生産のためのシステムを作り上げる
  • 毎日アンデルセンのそうざいを買えるようになる
  • 心の支えになるような、美しい本を作る
  • 文フリとコミケに壁サークルで参加する
  • 今の会社を辞める

当座はシステム作りと連載に注力しつつ、書いたものの添削を受ける予定です。

応援いただけるとうれしいです。

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