誰かの壁かけ棚の下。

   

口頭で自己紹介するたびに、

「アンダーサムワンズシェルフの飴乃ちはれです」

ってわかりづらいわ! と自分でも思うのです。
思うのですが、なぜかこのブログの”題名”は、これが一番しっくりするのです。

私の言葉は、私が学んだものからできている。

もやもやしたものたちに、その名が与えられたことで、語れることが増えていく。

誰かが落とした言葉、かさねた言葉、搾りだされていった言葉。

それが私に積まれていって、私の”語り”の一部になっていく。

届けられた、それが誰からの言葉なのか、私にはもうわからない。

わからないけれど、私は確かに、誰かの棚の下で育ったのだ。

「大草原の小さな家シリーズ」の中で、チャールズ父さんがキャロライン母さんに贈った、壁かけ棚の話が好きだ。

父さんは適当な板を組み合わせて、背面から側面、底面まで花やつる草を毎夜彫り込んでは、手でこすって艶を出していく。
母さんはそのうつくしい棚の上に、娘時代から大事にしている、陶器の人形だけをのせるのだ。
定住のための儀式のように、いつどこに引っ越そうとも、必ず最後は棚がつられ、人形が置かれて”家”になる。

私が”壁かけ棚(Shelf)”として思い浮かぶのは、実際のものではなく、そうした鮮烈なイメージである。
うつくしい棚にそっと置かれる、持ち主にとっての大切なもの。素朴な祈りと愛着を持って、特別な棚に飾られること。
そこにあるのは、誰に言うともなく、たいせつにされた”物語”だ。

誰かがたいせつなものを置く、誰かの壁かけ棚の下で、私は言葉をかさねつづる。

私が渡すのは武器ではない。

心を鎧うための防具でもない。

ただ、あなたを迎える場所。

図書室のなつかしい一角のように、そこにあること。

UNISON SQUARE GARDENだって「ユニゾン」って略されてるんだから、このままでいいかとも思うのですがね。
アンサムとでも何でも呼べばいいのさ。

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