【100日100話】003 灼ける日と麦茶

   

 北国出身の友人がとある地域へ行った時、あまりの暑さに

「ここは人の暮らす場所ではありませんっ」

と訴えたことがあるらしい。

 そこよりも、さらに南にある私の故郷、兼現住所には、夏場には絶対に来てはならないと、よくよく友人に言い聞かせている。

 何せ広島の夏は暑い。

 瀬戸内気候が穏やかなんて嘘だろう、と言いたくなるほど身が焼ける。むしろ焦げる。

 日々家と会社の往復しかしていない私でさえ、袖の切れ目で皮膚の色が変わる。

 おまけにほとんど日々快晴、おかげで夕焼けは毎日見事だ。たぶん朝焼けも見事だろう。たまには曇れ。

「ああ、麦茶冷やしとかなきゃ」

 水出しパックをボトルに入れて、冷蔵庫放置で30分。簡易なおかげで作り忘れもよくやるけど、明日は絶対かかせない。

 大きなグラスを洗って、くもりのないようにきれいに拭く。

 白い紙を敷いた上にそれを載せて、明日の準備は完了だ。

 ――広島には、ひとつの都市伝説がある。どれほど水不足に陥っても、平和記念公園の噴水は止められない、という噂だ。

 あの日。

 一瞬で全てが更地にされ、灼け爛れた皮膚をひらひらと揺らし、業火と熱波の中で渇きを訴え、水をふくんでは死んでいった人で川が埋まった、八月六日。

 彼らがせめて、尽きることなく水を飲むことができるように。そう願われて、公園には大きな噴水が設置された。不足時でさえそこに流れ続ける水は、祈りであり、鎮めであり、怒りでもあるのだ。

 そんな話を祖母に聞いて以来、黙祷前に冷えた麦茶を1杯用意するのが癖になった。

 何となく、水ばっかだと飽きるんじゃないかなって。あと熱中症怖いし。

 脳味噌茹だるとかそれ以前の問題の死者たちだから、そんな配慮はいらないのかもしれないけれど。それでも明日も、冷たい麦茶を捧げると思う。

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