【100日100話】082 隣の寝顔に物思う6時

   

「熱は下がったな」
耳に当てた放熱計を眺め、技術主任はひとりうなずく。人間用を改造した簡易なものだが、大まかなところがわかれば今はよかった。
それにしても、と主任は隣の人影を見やる。ある程度の発熱は許容範囲だが、真夏の海岸はその限度を軽く超えていたようだ。逃げきれない熱が蓄積し、危機警報を経て緊急信号を発信した。それがラボの境近くであったのは、ぎりぎりまで耐えていたということか。
「いや、”耐えられた”、だ」
レッドゾーンに入れば即時救急信号が飛ぶが、そうでなければ安全地帯――ここではラボの敷地――まで自力移動するよう命じてある。
危機警報の発令基準をわざと下げ、命令通りに振る舞うかをチェックするのが今回の実験だった。
「データは後で取るとして……こんな動作は想定外なんだが?」
こぼす主任の片手は、人型の手にしっかと握られている。発熱の対処を頼んでくるのは仕様だったが、人の子のように”甘える”指示を主任は組み込んでいなかった。
「あら、庇護欲って大事よ」
「お前か」
口を出したのは、冷却液の補充から戻った同期である。
「素直でけなげな存在を、まともな人間は邪険にできないもの」
主任はとっさに振り払おうとしたが、そう動くことすら相手の狙い通りのようで何とかこらえた。
同情。愛しさ。罪悪感。実験後の人型に抱くのはいつも、どれにも近く遠い何かだ。
それすらも操られての心なら、何を信用すればいいのか。
「犬や猫と共存してきたのと同じよ。人間は人型との共存を選んだ」
「道具としてな」
「ええ、猫は可愛いわ」
エゴイストを自認する技術者たちは、けれども潮に塗れた繊維束をそっと手梳く程度に、何かになりきれないのだった。

 
「24時間の過ごし方」より
提供サイト:TOY
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