【100日100話】099 23時、ゆっくりと酒でも飲もう

   

飲み会というものは、大半の者が帰宅してからが本番である。

「一番美味い酒を知っているか」

上司がぼそりとつぶやいた。

「いえ、飲めるようになったばかりで銘柄までは」

「酒ってのは名前より状況が美味くするんだ。飯と一緒さ」

空きっ腹への握り飯みたいなものだろうか、とたずねると、上司は低く笑って「若いな」と言った。

「俺もこの歳までわからなかったが、一番美味い酒ってのはな」

「はい」

「人間ドッグの結果が出た日に飲む酒だ」

「……はあ」

ぴんとこないだろう、と訊かれたので素直にうなずく。そのうちわかるようになる、とよくある台詞が続いた。

「元気で酒が飲めるってのは幸せなことだ。だから結果が出たらすぐ、行きつけの店を予約するようにしてるんだ」

「おひとりですか」

「馬鹿。夫婦で受けたんだから一緒に決まってるだろう」

そんなこと言ってませんよ、という文句はここでは禁句だ。どうせ相手は酔っぱらい、自分の中では伝えたと言い張るに決まっている。

むしろ、連れだって食事に行くほど仲がいいことが意外だった。上司という者はみな、家庭では仲の悪いものだと考えていたのである。

「確か専業主婦でしたよね」

「ああ。働かせてもらってるんだから、しっかり診てもらうのさ。後の外食くらい安いもんだ」

むしろ人間ドッグの方が高いのではないか、と健康診断の経費を出したばかりの身では考える。

しかしそれこそ、上司にとっては”安いもの”、どころか損得すら考えない費用なのかもしれない。

「そんな酒が飲めるようになりたいです」

「はは、そうか」

上司は苦笑するが、純粋にそう思ったのだ。

この上司が長いこと、会社で一番の成績を維持しているからである。

「24時間の過ごし方」より
提供サイト:TOY

スポンサーリンク