【100日100話】015 その歌の価値を誰知るや

   

 その爺さんは、夏になると突然歌い出すので有名だった。

 蝉の鳴き声と競い合うかのように、朗々たるだみ声が周囲に響く。それが公園のベンチでも、デイサービスの途中でも、風呂の介護を受けているときでさえ、実に楽しそうに長々と繰り返され続けるのだ。

「ちぃと呆けとって方じゃしねえ」

「もともとここいらの人じゃのうて、お子さんのために引っ越しとってきて人じゃし」

「それなんにお子さんの方が――」

「歌だけなんなら、充分マシよぉね」

 元が鷹揚な土地柄のせいか、近隣も似たり寄ったりな状況のせいか、ともあれ爺さんのロンリーワンマンライブ(inサマー)はこうしてやりすごされていたのだった。

 そんなある夏の夕方、いつもの爺さんのライブに客が来た。しかもテレビ局が持ってるような、真っ黒いねこじゃらしみたいな機材付きで。

「何やってんだ、あんた」

 爺さんが帰るのに合わせて機材を片づけ始めたそいつに声をかけると、向こうは民俗学の研究者だと名乗った。そして聞いてもいないのにここにいた理由と爺さんのすばらしさを熱弁しはじめた。

 あんまり長々しいんではしょって言うと、爺さんはマイナーな歌をたくさん詰め込んだ、歴史的資料のかたまりのようなものらしい。

「あれは甚句――昔ながらの日本の歌のひとつですよ。歌詞からするにおそらく御輿甚句でしょう。有名なものは歌詞も残っているのですが、やはり生の歌以上の資料はありません。いやあ、間に合ってよかったよかった」

 という、そいつの言い方に多少いらっとしたので、爺さんが実はかなり音痴なんだってことは教えないでおいた。

今日のお題は「おみこし」です。
実は本物のお神輿が動いているところ見たことないんですよね。
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