【100日100話】036 春嵐の前の静かな秋

   

 眼鏡をかけた五才児に、読んでるものを尋ねたらなんて返ってくると思う?
 絵本とか、児童文学とか、小学生向けの漫画とか。きょうだいの真似してライトノベル、なんて答えもありうるかもしれない。

「モンテーニュの『エセー』」

 九割九分九厘、そんな答えは返るはずがない。ないんだがしかしゼロではない。
 そんな例外中の例外が、隣でバスに揺られるこの姪っ子だった。
 最近肌寒くなったからと、親である姉にすりきれたジャンパーを着せられて、洗いすぎなまでにくたくたの服で、色あせたボロ靴を揺らす幼女。
 それだけでもかなり目立つのに、顔には色付きレンズ眼鏡と、DJやれそうなレベルにでかいヘッドホン。まあ流れてるのはノイズキャンセリングなんだが。

「モンテ――あー、……三権分立?」
「それはモンテスキュー」

 つ、つ、と小さな指で画面をめくりながらそう返される。その冷静な言い方といい、言葉だけなら大学生みたいだ。
 うちにある教科書を全部読んだ挙句、「ジミがまるでないわ」と言ってのけるこの五才児は、ネット小説によくある異世界転生者かと思うほど知性と体がアンバランスだった。そもそも滋味なんて言葉、日常で使わないだろう。おいたん思わず検索しちまったぞ。
 またずるずると座席をすべり落ちはじめた幼女を抱き上げて座らせ直す。とたんにすまなそうにする小さな顔に、俺は思わずぼやいていた。

「ほんの三年前まで『おいたん』って言っちゃ顔赤くしてた、かわいい俺の姪はどこに行ってしまったんだ……」
「口が回らないというのは実に屈辱の極みだったわっ」

 大げさな言葉だが本気で言っているのだろう、色付きレンズの向こうできゅっと顔がしかめられる。それすら愛らしいのは親族の欲目だ認めるとも。
 そんなことを考えていたのがバレたのか、ぷいと顔を画面の方に戻されてしまった。ごついヘッドホンのバンドの下で、さらさらと細い髪が揺れる。――ほんと、外面だけならイエスロリコンノータッチな、ただのモノホン眼鏡幼女なのにな。

 五才の姪が持つ知性と体のアンバランスさは、その言語理解力の異常な高さだけではなかった。その目は色付きの眼鏡がなければ一文字だって文をたどれないし、その耳はノイキャン中のヘッドホン越しでなければ「あ」の一言さえ聞き取れない。くたくたのボロ服やボロ靴だって、それでなければ触れないからだ。さらに過敏だけでなく体感覚の鈍さもあり、たとえば体の支え方がわからずにこうして椅子からずり落ちてしまう。

 二才でそうしたことがわかって以来、近所の大学内にある訓練所に通ってはいるが、口は達者でも文字を書くにはまだ遠い。それでも口が回るようになっただけ、ずいぶんな進歩だった。
 本来好奇心のままに過ごす時期に、毎日八時間みっちり訓練士に拘束され、口や舌の動きをわからせるために日々大人に指をつっこまれ――泣きながら発話訓練を越えたこの幼女を、俺は大変尊敬している。
 ……今の社会のあらゆる制度は、彼女を”落ちこぼれ”に振り分けるけれど。

「お前はえらいよ」

 またずり落ちる姪を座り直させるついでに、少しだけ強く抱きしめた。

今日のお題は「読書の秋」です。
見た目と態度と読むものは、比例しないこともあるのです。