【100日100話】087 嫌な予感でいっぱいの11時

   

3時間も並んだのに!
瞬間、彼女の頭を占めたのはそのことだった。予感が見事に当たってしまったことに、打ちのめされながら目の前を見つめ続ける。
携帯の充電が切れ、バッテリーも持っていなかったために、ひたすら人の頭を数えて過ごす3時間。異国ではお喋りできるほどのスキルもなく、むしろ騙されまいとひたすら無視をつらぬく彼女にとって、この事態の衝撃はどこにも逃げ場を見いだせない。
『日本の美術館に貸し出し中』
乏しい語学力でもつかめる程度に簡素な一文は、それだけに素っ気なさを増す。期待を込めて15時間のフライトを越えたこと、この旅行のために調整した仕事やプライベート、その他諸々の重さに彼女は泣きそうになっていた。
小品だから、と油断した自分がバカだった。出かけなければ見られたのだ、出かけさえしなければ……
年甲斐もなく涙が膨れ上がり、とっさにうつむいたところで、視界に白いものが入った。
「レディ」
小さな子供――男の子かボーイッシュな女の子かはわからないくらいに幼い子――が、その手に大きすぎるような白いハンカチを差し出している。
「レディ、レッ」
ぽすん、と倒れ込んできた体をとっさに受け止める。背伸びをしてまで差し出されたハンカチが、どこに向けられていたかは明らかだ。瞬いてもまつげに滴がつく程度の涙を、この子供は見抜いていたというのか。
一瞬睡眠薬を疑ったが、彼女はそのハンカチを手に取った。毒なら毒でいい。その程度にはすさんだ心に、幼子の体は温かかった。
『待って』
日本語発音でも通じたらしい、おとなしくたたずむ子供に、彼女はハンカチを折り始める。きちんと糊づけされたハンカチは、湿った後でもきれいな三角を形作った。
三角から四角へ、四角からひし形へ、折られ姿が変わるほどに、幼子の瞬きが増えていく。
左右を持ち上げ頭を作れば、定番のツルのできあがりだ。
『ありがとう』
拙い発音と共に返せば、歓声と共に駆けだしていく。母親を呼んでいるらしい声の響きに、彼女は思わず笑い出してしまった。

「24時間の過ごし方」より
提供サイト:TOY
http://toy.ohuda.com/

スポンサーリンク